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2023.08.09

「転ばぬ先の杖」はかえって危ない?

「転ばぬ先の杖(つえ)」という言葉があります。失敗しないようにしっかり準備をしておくという意味ですね。先生や親、スポーツの指導者などは、子どもや選手のことを思い、失敗しないようにしっかり準備をしようと思っています。そのため、できるだけ子どもや選手に丁寧に教え、多くの言葉がけをします。これをフィードバックと呼びます。フィードバックには正解に近づける働きがあります。
例えば、漢字のテストをやったとします。すると、ある子どもが「ころもへん(衤)」を書くべきところを、「しめすへん(礻)」を書いてしまいました(図左)。すると、先生はここにもうひとつ点がつくのですよと、赤ペンを入れてくれます(図右)。子どものことを思う良い先生なのですが、実はこれはあまり良い方法ではありません。子どもは先生が赤ペンを入れてくれたことによって、どこを間違ったかをすぐに忘れてしまうのです。そして、次のテストでも「しめすへん(礻)」を書いてしまうことが多いのです。

赤ペンの例


では、どうすればよいでしょうか。例えば、テストで10問の漢字をテストしたとして、この一問だけ間違っていたとすると、「惜しかったね、一つだけ間違っているから、その間違いを探してごらん」と言ってあげ、子どもが自分で間違いを探せば、この子は決して次からこの漢字を間違うことはないでしょう。自分で間違いを見つけることで、しっかり覚えることができるのです。これも先生のフィードバックの与え方が、子どもに良かれと思っていても、結果的に子どもの学習を遅らせることもあるという例です。

スポーツの場合にも同様なことが起きます。いわゆる「手取り足取り」一生懸命に教えている指導者がいます。その熱意は重要なのですが、往々にして結果が出ず、指導者は「うちの選手は自分で考えることをしない」といって嘆かれます。でも本当にそうでしょうか。
運動の場合には、自分の筋肉や関節の動きから動きを感じる内在フィードバックと、視覚や聴覚から得る外在フィードバックがあり、これらをまとめて固有フィードバックと呼んでいます。それに対し、指導者の言葉での指導や身振り手振りなどは付加的フィードバックと呼ばれています。基本的に指導者が与えるフィードバックはこの付加的フィードバックです。
しかし、練習場面で指導者がこの付加的フィードバックを与えすぎると、その場では子どもたちはすぐに修正して、良いプレーをするでしょうが、試合の時には指導者から付加的フィードバックを与えられない場合が多くなります。すると、子どもたちは自分たちの間違いに気づかず、それを修正することができません。そんな子どもたちを見て、指導者は「うちの選手は自分で考えることをしない」というのです。そうですね、練習場面で指導者が先回りして子どもたちに考えさせていないから、試合の時に子どもたちが自分自身で考えることができないのです。

下の図はどういったフィードバックの与え方が学習や保持に影響を及ぼすかを調べたものです。ここでのフィードバックというのは、結果の知識 (Knowledge of Result: KR)と言われるもので、例えば、ボールの落下点の目標からのズレを教えるようなものです。
要約フィードバック(○)というのは、学習者が何回か行ったあとにまとめてフィードバックを与えるもので、即時フィードバック(●)というのは、その場その場ですぐにフィードバックを与えるもので、両条件(■)はこの2つを組み合わせて、その場でもフィードバックを与え、まとめてもフィードバックを与えるものです。「習得」と書かれた学習段階では、即時フィードバック群と両条件群が、要約フィードバック群よりも早く学習しています。しかしながら、「保持」と書かれたフィードバックがなくなる(KRなし)と要約フィードバック群の方が成績が良くなっています。もちろんずっとフィードバックが与えられなくなると徐々に成績は下がっていき、最終的に3つの群では差がありませんが。

フィードバックの与え方が運動の学習に及ぼす影響 (J. J. Lavery, Retention of simple motor skills as a function of type of knowledge of results, Canadian Journal of Psychology, 1962 より)

これは、先生や親、指導者が子どものために良かれと思い、フィードバックを与えることが、必ずしも子どもの成長にはつながらない場合もあることを示しています。子どもは自ら転ぶこと(失敗すること)によって学んでいくのです。「転ばぬ先の杖」は子どもたち自身が行うべきことで、先生や親、指導者は、子どもたちが安心して転べるように見守ってやることかもしれません。

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