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2023.07.12

ムダをなくすことはムダ?

世の中どうもムダを省くことが大切らしい。
よく、「ムダだから止めときなさい」といわれたことはないですか。どこかの会社は「カイゼン」をうたい文句に世界を席巻し、今や「カイゼン」は世界各国で通じる日本語らしい。ただ、この「カイゼン」はどうして生まれたのでしょうか。

私たちの能力は無限の可能性を秘めています。少なくとも私はそう信じています。では「カイゼン」を積み重ね、無限の可能性を開くにはどうすればよいのだろうか。

その鍵は実はムダにあるのではないかと考えています。図を見てください。
これはヌマウタスズメ(学名はSwamp Sparrowといい、スズメ目ホオジロ科の鳥で、全長約14cmぐらいだそうです。北アメリカ中部から東部に分布するようです。)という歌を歌う鳥が生後歌を覚えるまでの過程を示したものです。音の高さを示していると思ってください。

大きく分けて4段階からなります。
  1. まず、生後250日(36週:9ヶ月)ぐらいまでヌマウタスズメは親の歌を聞くだけで自ら歌うことはないようです。
  2. 次にサブソング (subsong) と呼ばれる部分的な歌を歌うようになります。
  3. さらにサブソングが出現して1週間程度して、プラスティックソング (plastic song) と呼ばれる可塑的な歌を歌うようになります。
  4. その後1ヵ月半後ぐらい(生後300日を過ぎて10ヶ月頃)にようやく親と同じ完成した歌を歌うというものです。

ヌマウタスズメの歌の獲得過程
Marler (1991) The instinct to learn より

 


ここには生物の学習過程が如実に現れていると思われます。
まず聞いているだけの時期は観察の時期です。基本的には学習は模倣 (modeling)から始まるので、そのためにこの観察は欠かせません。
次のサブソングの時期に注目してください。完成した歌と比較して、実際には使わないような音まで発声しているのがわかるでしょう。これを過剰産出と呼びます。
これが、非常に重要な点です。いわゆるムダに見える音を出しているのですが、これがその後の学習に大きな意味を持ちます。
そしてプラスティックソングの時期に行われているのが目標とのパターンマッチングです。徐々に完成品に近づけるためには目標との誤差を少なくすることが不可欠ですね。
その後いわゆる洗練化が行われていき、完成した歌になるのです。

これがまさに学習過程であり、学習初期のムダに見える行動は実は学習の基盤となっているのです。私たちは自ら経験した範囲内でしか基本的には物事を考えられません。だとすると、一見ムダに見える過剰産出こそが学習の鍵となるのです。

齢をとってから新しいスポーツを身につけるのは難しいです。もちろんケガを恐れることもあります。ただ、スポーツでもなかなか上手にならない人は、力を出し惜しんでいるように見え、このムダに見える行動が少ないのです。
他方、子どもはケガも恐れず、なんでも全力で挑戦します。少々失敗しても、すぐに再挑戦します。歩き始めの赤ちゃんなんかはまさにそうですね。尻もちをついては立ち、また尻もちをついては立ちを、ずっと全力で繰り返しています。でも、大人は、失敗を恐れ、全力を出さず、ムダをなくし、安全な方法でしか試そうとしません。それが、なかなかうまくならない原因なのです。言いかえれば、最初から完成品の範囲内でしか練習しようとしないのです。

ムダをなくすことが最もムダなことだとは言えないでしょうかね。「急がば回れ」とはよく言ったものです。

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