私たちは普段何気なくコップやペットボトルの水を飲んでいますが、実はこのコップなどで水を飲む動きはかなり複雑な動きなのです。その証拠に、赤ちゃんは自分でコップの水をこぼさずに飲めるようになるまで、大変な練習を重ねているのです。皆さんが、最初に自分で水を飲むように渡されたコップを覚えていますか。間違っても、ガラスのコップではなかったですよね。それは、コップを落とすことがあるからで、多くに人は吸口付きのコップだったのではないでしょうか。
下の図を見てみましょう。コップをつかむという動きを実現するためには、まずはつかもうとする物がどこにあるか(視覚位置)、その大きさはどれくらいか(サイズの認知)、どういう向きになっているか(方向の認知)といった情報が必要です。
例えば、コーヒーカップがあるとします。どこにコーヒーカップがあるか、取っ手の大きさはどれくらいか、その取っ手がどちらを向いているかを知らなければ、コーヒーカップをつかむことはできません。
そして、そのコーヒーカップに、まずは手を伸ばす運動(到達運動)を行わなければいけません。それはコーヒーカップがどこにあるかによって決まります。さらにこの手を伸ばす運動には、最初に一気に大体の位置まで手をのばす運動(初期制御運動)と、その後、コーヒーカップの近くで手の位置を微調整する運動(調整)が生じます。
それと同時に、コーヒーカップをつかむための運動も行われています。それは取っ手の大きさに合わせて、手のひらを広げる大きさを決めているのです。コーヒーカップの取っ手をつかもうとすると、親指と人差指を取っ手の大きさよりも少し大きめに開きますよね。でも、コップ全体をつかもうとすると、親指とそれ以外の4本の指をコーヒーカップの直径よりも大きく開くはずです。近くにコーヒーカップがあったら試してみてください。これが「指の調整」です。
さらに、コーヒーカップの取っ手が真横にあれば、そのまま手を伸ばせばつかめますが、取っ手が奥にあったら、取っ手をつかむために手の形を変えてやらなければなりません。これが「手の回転」です。
このように、普段何気なく行っているコーヒーカップをつかむという動きでも、これだけ複雑なことを瞬時に私たちは行っているのです。ですので、小さい子が自分でコップをつかみ、水を飲むというのはかなり難しいことで、それを何度となく繰り返しながら、身につけてきたのです。
止まっているコップでさえも、これほど複雑なことを行っているのですから、動いているボールをキャッチするのがどれほど難しいことか想像できますね。
下の図を見てみましょう。ここでは上から落ちてくるボールを受ける動きを示しています。一番左は手を前に出し構えた状態ですね。そしてボールが落ちてきたら、そのボールの落ちてくる速度に合わせて手も下に下げるようにして、ボールを受け止めて、最初の構えた位置に戻っています。この動きを行うためには、ボールが落ちてくる速度を感知し、そのタイミングに合わせて手を下げなければなりません。
小さな子どもがボールを捕る時に、飛んでくるボールの方に手を突き出してボールを捕ろうとして、うまく捕れず弾き返してしまうところを見たことはありませんか。ボールの飛んでくる軌道のところに手を動かすことはできるのですが、それだけでは上手くボールを捕れません。ボールを捕る瞬間には、手を引かないといけないのです。しかしながら、こういった動きはなかなか口では教えることができません。小さな頃に経験して覚えていくしかないのです。いろいろな動きを経験していく中で、当たり前のような複雑に見える動きは身についていくのです。子どもの頃の運動経験がいかに大切か、わかっていただけるでしょうか。